てんかん発作のプロムネシア「今起きていることはもう知っている」感覚

てんかんは「発作が起きる」病気ですが、「発作」にも本当にいろいろな種類があります。

「風邪を引いた」場合でも、発熱、鼻水、のどの痛み、せきなどいろいろな症状があったりなかったり、程度もいろいろですよね。

現状では「てんかん」と聞くと「意識を失って倒れる」が一般的な認識で、他の症状はまだまだ知られていないかと思います。

まわりの人だけでなく本人も発作に気づかなかったり、言葉で説明しづらかったりすることも多いからかと思います。

いろんな症状についてツイートすると「今までうまく説明できなかったけど、これだ!」という返信をもらうこともあります。

 

 

こけし自身も、ツイッターでくわしく知った症状があり、そのひとつが「プロムネシア」です。

ずっとデジャブかと思っていましたが、デジャブ(既視感)が「前にも同じことがあった気がする」なのに対してプロムネシアは「すでに知っていることが今起きていると確信している」感じです。

…と言われても想像しにくいかと思いますし、そもそも「プロムネシア」という言葉も聞き馴染みないかと思います。こけしも知ったのは2019年ですが、明治時代には言われていたそうです。

博物学者の南方熊楠は生涯健康だったけれど実は側頭葉てんかんだったそうで、プロムネシアなどについて書き記しています。

❖南方熊楠の心霊研究と身心変容体験❖

こけしも側頭葉てんかんですが、健康診断の結果は毎年職場で一番よかったですね。余談ですが「健康な障害者」「不健康な健常者」は世の中にいっぱいいるんじゃないでしょうかね。

 

ここからは実際に自分が体験したプロムネシアの内容を書こうと思います。

こけしは発作のときのみ感じる特有の気分の悪さがあって、大体は「発作だ」と自分ですぐ気づきます。でも、プロムネシアや幻覚、妄想などの症状は、最初は発作だと気づきませんでした

ぽつラジオ2021年11月号でもお話しさせてもらいましたが、発症は11歳ですが、幻覚などの発作が起きたのは20代半ば、フリーターをしていたころからです。

こけしの場合、幻覚などの発作は時間が長く、1回目、2回目は一人暮らししていたアパートの大家さんが気づいてくれ、救急車で搬送されました。

プロムネシアの症状が出たのをはっきり覚えているのは、30代になってから、3回目の幻覚発作のときで、夫が夜中に救急車を呼んでくれました。今思い返すと、日中出かけているときから少しずつ発作が始まっていたと思います。前にツイッターに載せた手書きマンガにちょっと書いていますが、くわしくはまた別でと思います。

 

はじめてプロムネシアが起きたときの心情はよく覚えています。最初は正直、楽しかったです。

自分が口に出す言葉、相手の言動が全部「すでに知っている」と感じました。救急隊員も、搬送先の先生も全部知っている人です。

超能力を得たような感覚なのかな、とにかく「自分すげー、全部知ってる!!」と興奮しました。

しばらくはそれで楽しかったのですが、途中で「あれ、これからずっと知っていることしか起きないのか?」と気づき、ゾッとしました。

…このときの絶望感は、説明しようとしてもいまいち伝わらないかもしれません。

それからどのくらいの時間がたったか…夢から覚めるように、元に戻りました。そこで初めて、てんかん発作の症状だと気づき、めっっちゃくちゃホッとしましたね。

夢を見ていると、目覚めるまでは「現実」と感じていて、内容によっては絶望することがあると思いますが、まさに悪夢から覚めたという感じでした。

 

 

その後も、頻度は少ないですが同じような発作がありましたが、「発作の症状」と認識できたので、ある程度は冷静に対処できるようになりました。

ラファミド八王子に勤務していたころ、一度あったのを覚えています。ラファミド八王子は1~7棟まであり、そのときは7棟に1人でいました。アパートタイプの棟で、日中の支援は最低限な方が多く、7棟に職員が行くときは基本的に1人でした。

プロムネシアを感じたのは、支援中ではなく帰ろうとしていたか、他の棟に移動しようとしていたときだったと思います。歩いていける距離にある1、2棟まで行き、状況を説明しました。

そのときに対応してくれたのは、他の発作対応についてのブログにも出てきた原島さんです。すぐに面談用の部屋で休ませてくれました。

てんかん発作が起きたときはどうしたらいい?~超スマートな対応の思い出~ | 障害福祉マンガ劇場 (ship-kokeshi.com)

 

会話中も全部知っていることをなぞっているように感じるので「これも知ってるんですよもう~!!」と笑いながら話したと思います。

原島さんも笑っていましたから、見た目には、いつも通りの様子だったのでしょう。

普通に話せるし気分が悪いわけではないのですが、「すでに知っている」感覚は気持ち悪いので、他の発作と同じく、人と話さずじっとしているのが一番だと思います。

 

また当時ラファミドに勤務していた徳永さんが、ペットボトルのお茶をくれたのをよく覚えています。徳永さんからも、こけしの様子は普段通りに見えたそうです。

なんでお茶をよく覚えているかいうと、会話の内容などは全部「知っている」と感じるのに、お茶を見たときは「知らないものだ」と感じたからです。その感覚に、ちょっとだけ安心できた気もします。

「知らない」と感じたのは、秋冬限定のパッケージで、初めて見るデザインだったからかもしれません。

もしかしたら、聴覚的な情報より、視覚的な情報の方が、影響少ないのかな~なんて思います。脳で発作が起きている部分による違いなのか…おもしろいですね。

 

それからまた数年後、残薬数を間違えて薬を丸一日以上飲めなかったとき、プロムネシアが起きました。病院と薬局に行って薬を処方してもらい、家に帰ってきてからも続いていたので、結構長時間でした。薬が切れていたから仕方ないですね。

帰宅後は、テレビをつけてみたのですが、内容によっては「知らない」と感じるものもありました。でも「知っている」方が多くて疲れるのでテレビは消しました。当時のツイートにも書いてありました。

 

 

発作中や発作後しばらくは、機械の使いが分からなくなったり、文章を読んでも内容が理解できなくなったりすることもあるのですが、プロムネシア中はツイッターも使えていますね。

ちなみに、今はちゃんと服薬管理して飲み忘れなく残薬チェックも毎月きっちり行っています。

 

「プロムネシア」がどんな症状か、何となくわかってもらえたでしょうか。

てんかんについては、大人になってから、特にこの「障害福祉マンガ劇場」の活動を始めてからは、今まで知らなかったことを知る日々です。

中には、今回の「プロムネシア」もそうですが、「自分が生まれるずっと前から言われてたんじゃん!!」というものも少なくありません。

「もっと早く知っていれば」とどうしても思ってしまいます。違う対応ができたかもしれない、人に迷惑をかけずに済んだかもしれない…。

同じような思いをする患者さんが減ってほしいので、「知る機会」を増やしていければと思います。